アイルランドへ行こう1:ディレイとタイマン張ろう

8,9 Jun 2017

それは波乱の幕開けだった。
体力限界値で仕事終わりに上野へ駆けつけて空港前日泊をした私は、深夜にスカンジナビア航空(SAS)から翌日のフライトの遅延(ディレイ)を告げられた。

「まじか…」

前に友達から「SASは遅延しやすいらしいよ」と言われていたのでちょっと不安になっていたけど、これまで大丈夫だったから安心していたのに!
初めての搭乗前遅延の知らせにうろたえたものの、時間の予測がつきにくかったのでとりあえず空港へは当初の時間通りに向かった。案の定カウンター前は同じような人たちで混み合っていた。

飛行機の便が、事前にきちんと振り替えられていたのは助かった。
当初の予定ではオランダのアムステルダムで乗り継いで、夕方にはダブリン着だったのだが、遅延でダブリン行きの飛行機には間に合わず、3時間だらだらスキポール空港をぶらついて過ごしてからダブリンへ。空港到着は夜の10時過ぎになった。
宿泊するホテルの担当者もいなくなってしまうと聞いていたので、成田空港に到着した時点でホテル側にメールし、「近くの姉妹ホテルの担当者をその時間にいるようにしておく」とアムステルダムで返事をもらっていた。さらに念のために、ダブリン空港でも空港の人に電話を借り、ホテルに連絡を入れた。

アムステルダムのスキポール空港。仮眠用のホテルもできていた

夜のダブリン、街の中心部から少し離れると街灯のオレンジ色ばかりが目立つ。なんとなく日本とおんなじだ。
タクシーの運転手さんに、つたない英語でダブリンや近郊のお勧め観光地を聞くと、ちょうど翌日行こうとしていたグレンダーロッホをあげてくれた。

ホテルはダブリン中心部のリフィー川に架かる橋を渡り、似たような形のドアがずらりと並ぶ住宅地の一角にあった。
待ち構えていたホテルの男の人は、ドアを開けるなり、「ついに着いたね」と笑った。
ホテルにはエレベーターはなかったが、私の部屋はさいわい玄関から一番近い部屋にあり、重たいスーツケースを運ぶ苦労はなかった。部屋はツインで天井は寒いくらいに高く、、シャワーにバスタブつきのバスルームもあり、随分しっかりしている。なかなかいい部屋だ。



ティーパックの紅茶を入れて一息つき、ようしシャワーでも、と思いバスルームを確かめた途端、「なんだこれ」と思った。


壁にあの見慣れたシャワーのコックはなく、代わりにダイヤルがついているのだが、どう触ってもどう考えても使い方が分からない。しかなしお風呂に入らないと疲れて倒れそうだ。さっきドアを開けてくれた男の人に使い方を尋ねたいが、代理で待っていてくれただけだから、私を案内したらもういなくなってしまったかもしれない。

走馬燈のようにぐるぐると思考が脳内を駆けめぐったあと、「いや、まだホテルの人はいるかも!」と一縷の望みにかけて部屋を出た。瞬間、背後で自分のドアのロックが閉まる音がした。こんなところでオートロック!!

鍵を室内に残したまま閉め出された私は、受け付けへとぼとぼと歩いていった。
案の定、人気がない。そばの電話の横に書かれた「~時から~時までお電話でお答えします(今は受付時間外)」のメモを見て、私は思わず「うぇええ…」とうめいた。すると、受付の奥からさっきのホテルの人がひょいと顔を出した。

「どうしたの?」

地獄に仏とはこのことだ。

「シャワーの出し方が分からなくて、聞きたかったんだけど、部屋から出たら閉め出されました」
深夜にこんなマンガみたいなせりふを吐くことになるとは誰が思っていただろうか。ホテルの人は(うわぁ…)という哀れみに満ちた表情で私を見つめ返し、「ごめん、部屋がオートロックって言うの忘れてたね…」と謝ってくれた。

部屋に再び入ることができ、ホテルの人もシャワーの出し方に悩みながら(結局よく分からなかったらしい)なんとか方法を見つけだし、あわただしい移動日は日付をまたいでようやく終わった。
クローゼットに上着を掛けながら、「き、来た…」とじわじわ実感した。海外に来たのは久しぶりで、なんとか来れたのは正直嬉しかった。それと同時に、死ぬほど疲れ切ってもいた。
翌日朝からのバスツアーに向けて、まずは寝ることにする。

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